Satellite × Forest · IPCC AFOLU Tier 2

衛星×森林CO2吸収量
IPCC AFOLU Tier 2 と Sentinel-2 の実装解説

林野庁標準値だけでは精度不足、自社LiDARを買うほどの予算もない。 その間を埋める Tier 2 × 衛星NDVI という現実解を、 数式・処理フロー・実装スタックレベルで解説します。

公開
2026年5月17日
準拠
IPCC 2006 ガイドライン(2019 改訂)AFOLU 章
対象読者
サステナビリティ実務者・GISエンジニア・林業DX担当・研究者

1. 森林CO₂吸収量の標準計算式

森林のCO₂吸収量は、林野庁通知(令和3年12月)でも採用されている以下の式で算定します。

吸収量[t-CO₂/年/ha] = 幹成長量 × 拡大係数 × (1 + 地下部比率) × 容積密度 × 炭素含有率 × (44/12)

各項の意味と一般値は以下のとおりです。

意味スギ標準値ヒノキ標準値
幹成長量1ha・1年あたりの幹体積増加(m³)5〜83〜5
拡大係数幹以外(枝・葉)を加える倍率1.231.24
地下部比率根のバイオマス比率0.250.26
容積密度木材の密度(t/m³)0.3140.407
炭素含有率乾物中の炭素割合0.510.51
44/12炭素→CO₂ への質量換算3.6673.667

スギ40年生・1haで概ね 年間 8〜10 t-CO₂ の吸収が標準値となります。

2. IPCC AFOLU の Tier 1 / 2 / 3 とは

IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が定めるAFOLU(Agriculture, Forestry and Other Land Use)部門の 温室効果ガス算定ガイドラインには、3段階の精度レベルがあります。

Tier 1

精度 ±30〜50%

IPCC が提供するデフォルト値を使う方法。世界平均値ベース。各国の現実とは乖離が大きい

Tier 2

精度 ±10〜30%

国・地域固有の係数(樹種別・林齢別)を使う方法。日本は林野庁が標準値を整備済み。本記事のメインターゲット

Tier 3

精度 ±5〜10%

個別森林の実測値(LiDAR・現地調査)に基づくモデル。研究機関・大手SI向け

日本の森林簿(自治体が管理する林班単位の樹種・林齢台帳)と IPCC ガイドラインを組み合わせると、自然に Tier 2 になります。

Tier 1 / 2 / 3 のピラミッド図:精度と必要データ量のトレードオフ
図1:IPCC Tier の階層と精度・必要データのトレードオフ

3. Sentinel-2 NDVI から森林面積を判定する

Tier 2 の式を使うには、まず「どこに森林があるか」を確定する必要があります。 従来は森林簿に頼っていましたが、森林簿は更新が10年に1度程度と古く、 近年の伐採・劣化が反映されていません。

そこで近年スタンダードになりつつあるのが、欧州 Copernicus 計画のSentinel-2 衛星から NDVI(正規化植生指数)を計算し、最新の森林状態を取得する方法です。

NDVI = (近赤外バンド − 赤バンド) / (近赤外バンド + 赤バンド)

NDVI は -1〜+1 の範囲をとり、植物が活発な森林では概ね 0.6〜0.9 の値を示します。 もりみえるでは閾値 NDVI ≥ 0.5 を森林マスクの判定条件とし、 10mピクセルごとに森林か非森林かを判定しています。

Sentinel-2 取得 → NDVI 計算 → 森林マスク → 林班集計のパイプライン
図2:Sentinel-2 から Tier 2 算定までの処理パイプライン

4. 林班単位での精度向上

広い AOI(例:市町村全域)に Tier 2 を一律適用すると、樹種・林齢のばらつきが 平均化されて誤差が拡大します。長野麻子さん(株式会社モリアゲ代表・元林野庁木材利用課長)からも 「100ha 超の集計は誤差が大きい」という指摘がありました。

そこで、もりみえるでは林班単位(中央値 約100ha)での集計に切り替えています。 林班ごとに森林簿で樹種・林齢を取得し、対応する Tier 2 係数を適用したうえで、 Sentinel-2 で「実際に植生があるピクセル」だけを集計します。

集計単位誤差目安必要データ
市町村全域(数万ha)±30〜40%森林簿総量 + NDVI
林班単位(約100ha)±20〜30%森林簿(林班別)+ NDVI
20mメッシュ細分±10〜15%+ 航空レーザ(LiDAR)

LiDAR データはオープンデータ化が進んでおり、栃木・兵庫・高知の3県では 「らしんばん」(MIERUNE × 日本森林技術協会)として商用利用可で公開されています。 これらの地域では、20mメッシュ単位での Tier 2 → Tier 3 への移行が可能です。

5. 静岡県での実装事例

もりみえるでは、静岡県森林クラウドから取得した1,102林班・合計161,182haに 本手法を適用し、林班ごとの CO₂ 吸収量を算定しています。

項目
対象林班数1,102 林班
合計森林面積161,182 ha
主な樹種スギ(約45%)、ヒノキ(約30%)、広葉樹(約25%)
推定年間吸収量約 130 万 t-CO₂/年
林班あたり吸収量(中央値)約 1,180 t-CO₂/年

詳細は 静岡県森林レポート をご覧ください。

6. 時系列差分による施業効果モニタリング

Sentinel-2 は5日に1回観測されるため、過去5年分の NDVI 時系列が手に入ります。 これを使うと、伐採・間伐・植林などの施業効果を量的にモニタリングできます。

たとえば「2023年→2026年で この林班の NDVI が +0.12 → 推定吸収量 +250 t-CO₂/年」 といった算出が可能です。これは従来、現地調査やドローン撮影で 数十万〜数百万円かかっていた MRV を、衛星データで年間1万円規模に 圧縮できる可能性を意味します。

2023年と2026年のNDVI比較画像と差分マップ:施業効果が明確に見える
図3:時系列差分による施業効果モニタリング(氷見市実証)

7. 実装スタック

もりみえるが採用している技術スタックは以下のとおりです。すべてオープンソース・無料サービスで構成されています。

レイヤ採用技術ライセンス
衛星データ取得Copernicus CDSE(pystac-client)無料・商用OK
NDVI 計算Python(rasterio + numpy)OSS
林班ポリゴン静岡県森林クラウド ベクトルタイルオープンデータ
森林簿係数林野庁標準値(樹種・林齢別)公開
地図表示Leaflet + Esri World Imagery無料利用範囲
暗号検証TPM 2.0 attestation + Merkle hashオープン仕様

8. 限界と今後

9. よくある質問(FAQ)

Q1. 衛星から樹種を判別できる?
Sentinel-2 単独では確度の高い樹種判別は困難です。スギ/ヒノキ/広葉樹の大分類は分光特性で可能ですが、ヒノキ/カラマツ等の細分は機械学習+森林簿の参照が必要です。
Q2. Tier 1 と Tier 2 でどれくらい結果が変わる?
同じ100ha スギ林に Tier 1(IPCC デフォルト値)と Tier 2(日本標準値)を適用すると、Tier 1 では年間 6 t-CO₂/ha、Tier 2 では年間 8〜10 t-CO₂/ha 程度の差が出ます。日本は人工林の生産性が高い分、Tier 1 では過小評価になりがちです。
Q3. 国際クレジット(VCS、Gold Standard)でも使える手法か?
はい、Tier 2 は VCS・Gold Standard でも標準的な手法です。ただし、各クレジット標準ごとに追加要件(ベースライン設定、Additionality 証明など)があるため、目的に応じた MRV 設計が必要です。
Q4. もりみえるの算出結果はそのまま J-クレジット申請に使える?
J-クレジット制度は「方法論」と「モニタリング計画」の事前承認を必要とするため、もりみえるの値をそのまま申請に使うことはできません。ただし、参考データ・補強資料として有効です。
Q5. 計算スクリプトは公開されているか?
順次オープンソースで公開予定です。リポジトリ・コードのURLは公開時にお知らせします。

10. 参考文献・出典

最終更新:2026年5月17日。本記事は IPCC ガイドラインおよび林野庁公開資料に基づき、もりみえるが独自に整理したものです。